こんにちは、アプリコットデザインの中村です。今日は、いい仕事をしたのに覚えてもらえない、という話です。
何か月もかけて、打ち合わせを重ねて、納品する。工程のひとつひとつは丁寧にやった。それなのに、お客様の中に残る印象が思ったほど強くない。そういうことが起きます。原因が仕事の中身ではなく、終わり方のことがあります。
十五秒だけ長いほうが、ましだったと感じる
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンに、こんな実験があります。
十四度の冷たい水に、手を六十秒つけてもらう。これが一回目です。二回目は、同じ十四度の水に六十秒つけたあと、十五度まで少しだけ温度を上げた水に、さらに十五秒つけてもらいます。まだ冷たいのですが、さっきよりはほんの少しましになる。
合計の時間は二回目のほうが十五秒長い。つまり、つらい時間は二回目のほうが多いはずです。それでも「もう一度やるならどちらがいいですか」と聞くと、ほとんどの人が二回目を選びました。
終わり方が少しだけ楽だった。それだけで、あっちのほうがましだった、と記憶が書き換わります。しかも、合計の時間が長かったことは気にならない。カーネマンはこれを持続時間の無視と呼んでいます。
人は体験の長さを、ほとんど覚えていません。覚えているのは、一番強かった瞬間と、終わりの瞬間だけ。ここからピークエンドの法則という考え方が生まれました。
お会計のそっけなさが残る
分かりやすいのは飲食店です。
料理はおいしかった。店内もきれいで、席も落ち着ける。接客も丁寧だった。ところがお会計のときに、店員さんが目も合わせず、ありがとうございましたの一言もなく、伝票を渡して終わる。
帰り道に思い出すのは、料理の味ではありません。あの最後のそっけなさのほうです。おいしかったけど、なんか。この「なんか」の正体が、終わり方です。
逆のこともあります。料理は普通だったのに、帰り際に「今日はお誕生日だったんですよね、おめでとうございます」と一言添えられる。それだけで、いい店だったな、に変わります。食べたものより、最後に交わした言葉のほうが残るわけです。
鍵を渡して終わりにしない
別の業種でも見てみます。不動産の仲介です。
物件を何件も一緒に回って、契約して、鍵を渡す。普通はここで完了です。ところがある不動産屋さんは、引き渡しの日に手書きの一言を添えていました。ここでの暮らしが楽しいものになりますように、と、それだけ。
もらった人は、その家に住んでいる間ずっとその一言を覚えています。物件の広さや値段よりも、あの手書きのほうが長く残る。手間で言えば、ほんの数分です。それが体験の最後に置かれるだけで、全体の印象が変わってしまいます。
納品しました、で終わらせない
僕たちの仕事でも、同じことを意識しています。
サイトを作って納品するとき、納品しました、よろしくお願いします、で終わらせません。公開したあとの運用をどう回すかを一緒に設計して、数字のどこを見ればいいかをお伝えします。ここだけ見ておけば大丈夫です、という形にして渡す。操作で迷いそうなところは画面を撮って、手順をまとめた一枚を用意しておきます。
技術的には、たいした作業ではありません。それでもお客様には、最後まで見届けてくれた、という記憶になります。何か月もかけた工程より、その最後の一手間のほうが、この会社に頼んでよかった、という印象を作ることがあるんです。
実際、うちにリピートでご相談いただく方に、なぜまた声をかけてくれたんですか、と聞くことがあります。返ってくるのは、デザインの出来よりも、納品のあとも気にかけてくれたから、という答えのほうが多い。そのときの印象が、ずっと残っていたわけです。
長い仕事ほど、終わりが薄くなる
裏を返すと、これは怖い話でもあります。
終わり方がぞんざいだと、それまでの仕事が台無しになりかねません。しかも、長い仕事ほど最後のほうで疲れてきて、引き渡しがあっさりしがちです。完成して安心して、そのまま連絡が途切れる。ピークエンドの法則でいえば、一番もったいない場面だと思います。
お客様の記憶に残るのは、途中のがんばりではなく、最後に触れた感触のほうなんです。
ピークは、両方向に働く
もうひとつ、ピークのほうにも触れておきます。
一番印象が強かった瞬間は、良い方向にも悪い方向にも働きます。感動するほど嬉しかった瞬間がひとつあれば、多少の不満は帳消しになる。反対に、ひどく嫌だった瞬間がひとつあると、ほかがどんなによくても全体を引きずり下ろします。
だから、気をつけることは二つです。
ひとつは、悪いピークを作らないこと。待たせすぎる、説明が足りない、約束と違う。この三つは不満の種になりやすいので、事前にひとつずつ潰しておきます。
もうひとつは、良いピークを意図的に作ること。お客様が「おっ」と感じる瞬間を、どこかにひとつ仕込んでおく。料理でいえば、全品を均等にするより、メインの一皿にだけ全力を注ぐほうが、食事全体の満足度は上がります。
帰り際の一言も、引き渡しの手書きも、コストはほぼゼロです。それでいて記憶への影響は大きい。投資対効果で考えても、ピークと終わりに力を集めるのは合理的な判断だと思います。
今日の三つ
ひとつ、人は体験の一番強い瞬間と最後で全体を判断します。これがピークエンドの法則です。
ふたつ、終わり方に手を抜くと、それまでの仕事がお客様の記憶から薄れます。
みっつ、全部を底上げするより、ピークと終わりに力を集めるほうが記憶に残ります。
もしよかったら、ふだんのお客様との最後のやりとりを振り返ってみてください。納品のとき、契約のとき、お会計のとき。最後に何を渡していますか。何と言っていますか。
忙しさの中で、そこが一番手薄になっているかもしれません。でも、そこがお客様の記憶に一番残るところです。ひとつだけ足してみる。手書きの一言でも、手順をまとめた一枚でも。それだけで、お客様があなたの会社を思い出すときの印象が変わるかもしれません。
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