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COMPANY,MANAGEMENTWORK 2026.08.07

届けるところまでが、仕事だった

WRITER
Nakamura Hiroki クリエイティブディレクター / 代表取締役
Nakamura Hiroki

クリエイティブディレクター / 代表取締役。ブランドマネージャー1級/インターナルブランディング認定コンサルタント/WEBデザイン技能士/WEBマーケティング検定/ネットショップ実務士。

届けるところまでが、仕事だった
この記事は、YouTube(音声ラジオ)でも聴けます。作業のおともに、ながらでどうぞ。

こんにちは、アプリコットデザインの中村です。今日は、僕自身の昔の話を書いてみます。あまりかっこいい話ではありません。うまくいかなくて、途中でやめた話なので。

ただ、この失敗が、いまアプリコットデザインが「作って終わりにしない」やり方をしている原点になっているので、そこまで含めて書いてみます。

独立を三回して、二回はやめている

僕は独立を三回しています。そのうち二回は、続けられなくてやめました。

一回目は二十三歳のとき、犬のセレクトショップを開きました。テレビでペットの市場がこれから伸びる、というのを見たからです。それだけです。いま思うと、無謀というか、何も考えていなかったなと思います。

ただ、準備をしなかったわけではないんです。商品を仕入れるあてがなかったので、五十社以上に営業をして、扱わせてもらえる先を探しました。そこはちゃんとやりました。

そして開店の日。正直に言うと、ものすごい数のお客さんが来ると思っていました。あれだけ準備をしたので、来るだろうと。

来たのは、想像していた十分の一にも満たない人数でした。血の気が引く、という表現がありますが、あれは本当にあるんだなと思いました。初日から、お金の心配が始まりました。

売れるほど、怖くなった

そこからネットショップを始めました。二十年ほど前なので、まだインターネットで物を買う文化が広まりきっていない時期です。楽天市場にも出して、これがわりとうまくいきました。

ここまで聞くと、逆転した話に聞こえると思います。でも僕は、ここでやめています。

売れるほど、怖くなっていったからです。売れるということは、仕入れも増えるということです。在庫が増えます。多いときで、一千万円ぶんくらいの在庫を抱えていました。そのうえ、カードで買っていただいた分の入金は、売上が立ってからしばらく後に入ってきます。売れているのに、手元のお金は先に出ていくんです。

動かすお金が大きくなるほど、もう後戻りできないな、という感じがしてくる。その不安に押しつぶされそうになって、事業を人に譲りました。売れていたのに、やめたんです。

三か月、誰からも連絡が来なかった

二回目は二十九歳のときです。その前に二十八歳で、デザインを学びたくて会社に入りました。少しずつ作れるようになって、ようやく自信のようなものが持てるようになってきた。それで独立して、ホームページを作る仕事を家で始めました。

理由ははっきりしていました。前にお店をやっていたので、お店を運営している人の大変さが分かるんです。あのころの自分みたいな人を手伝いたい、と思いました。

ただ、コネもツテもありませんでした。とりあえず案内を送ってみたんです。うちはこういうことができます、と。待っていれば、どこかから連絡が来るだろうと思っていました。

来ませんでした。待てど暮らせど、一件も。

三か月で、僕はこれを辞めました。そして「二度と独立なんてしない」と心に決めました。落ち込んで言ったというより、わりと本気の結論でした。二回やって、二回ともうまくいっていないので。自分はこっち側の人間じゃないんだな、と思ったんです。

「良いものを作れば声がかかる」は、間違っていた

ここが、今日いちばん書きたいところです。

二回目に独立したとき、僕は「良いものを作れるようになれば、声がかかるはずだ」と思っていました。だから、作る技術を身につけることに必死になって、そこから先のことを考えていなかった。

でも実際は、そもそも存在を知られていなければ、良いも悪いもないんですよね。誰も、僕がどんなものを作れるかを知らない。知らないものは、選びようがない。

届けるところまでが仕事なんだ、というのを、三か月かけて、誰からも連絡が来ないという形で教わりました。

いま思うと、これは制作の仕事そのものにも当てはまります。きれいなホームページを作っても、それが誰にも見つけてもらえなければ、無いのと同じです。パンフレットも、看板も、同じです。作った時点では、まだ何も起きていない。

だから、作って終わりにしない

アプリコットが、作って納品して終わり、というやり方をしていないのは、たぶんここが原点です。

きれいなものを作るところまでで止めてしまうと、あのときの自分と同じになります。良いものはできた、でも誰にも届いていない、という状態です。

だから、公開したあとに数字を見ましょう、という話を必ずします。どう発信していくかを一緒に考えます。作ったものが、実際に人の目に触れて、問い合わせにつながって、という一連が回りはじめて、ようやく仕事が半分終わったくらいの感覚でいます。

これは、きれいごとで言っているのではなくて、届けられなかった側の実感として言っています。三か月、誰からも連絡が来ない時間というのは、けっこうこたえるので。

やめた経験は、準備になっていた

そして三十二歳のとき、僕はもう一度独立しました。二度としないと誓ったはずなのに、です。

そのときは、一つだけ前の二回と変えました。個人ではなく、会社として始めたんです。二度と逃げられない状況に、自分を置こうと思ったからでした。前の二回は、しんどくなったときに引き返せる形だったので、また同じことをする気がしたんです。

いま振り返ると、一回目で「売上が立っていることと、手元にお金があることは、まったく別の話だ」ということを体で知りました。二回目で「届けるところまでが仕事だ」ということを知りました。この二つを知らないまま三回目を始めていたら、たぶん同じところでつまずいていたと思います。

当時はただの失敗でした。でも、いまから見ると準備でした。

もしいま、何かがうまくいっていない方がいたら。その経験が何の準備になっているかは、たぶん、そのときには分かりません。僕も分かりませんでした。分かるのは、だいぶあとになってからです。

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