こんにちは、アプリコットデザインの中村です。
「1万時間の法則」という話を、聞いたことがある方も多いと思います。何かでプロと呼べる域に達するには、だいたい1万時間ほどの積み重ねが必要だ、という考え方です。毎日3時間やっても、9年から10年くらい。決して短くありません。
今日は、この「1万時間」を入り口に、AIがこれだけ身近になった時代に、経験の積み重ねをどう考えているかを書いてみます。結論から言うと、僕は、その本質はそれほど変わらないと感じています。むしろ、AIで手が速くなったぶん、「良し悪しを決める判断力」の値打ちは、以前より上がっているようにさえ感じています。
「いい感じにして」では、いい感じにならない
僕自身、最近はAIをかなり使うようになりました。文章の下書き、調べもの、デザインの構成を一緒に考えてもらったり。僕らの仕事のいろいろな場面で、AIを使って効率化するようになっています。正直、とても便利です。
だからこそ「もう積み重ねの時代は終わったのでは」という声も耳にします。でも、実際に使ってみると分かるのですが、AIは、こちらが的確な指示を出せないと、うまく使えません。「なんかいい感じにして」では、いい感じにはならないんです。出てきたものを見て、これは良い、これは違う、ここはこう直したい、と自分で判断できなければ、いつまでも堂々巡りになります。
つまりAIを使いこなすには、「良い・悪いを自分で判断できる目」が要ります。的確な指示を出せる人だけが、その力を引き出せる。そしてその判断する目は、結局のところ、自分の中に積み上げてきた経験からしか育ちません。ここはAIがあってもなくても変わらない、と思っています。
デザインとブランディングは、目利きの仕事
僕らのデザインやブランディングという仕事は、まさにそういう仕事です。手を動かして形にすることも大切ですが、それ以上に、「こちらのほうがこのお客さまらしい」「この言葉ではなく、こちらだ」と決める、目利きの仕事なんです。
この目利きは、たくさん見て、たくさん作って、たくさん外して、を繰り返した先にしか育ちません。まさに1万時間が効いてくる領域だと、日々感じています。
ここで正直に付け加えておきたいことがあります。この「1万時間の法則」には、近年いろいろな指摘もあります。時間さえかければよいわけではなく質が重要だ、分野によって必要な量はまるで違う、といった指摘もあります。僕もその通りだと思います。漫然と続けた1万時間と、考えながら積んだ1万時間は、まるで別物でしょう。だから「1万時間やれば誰でもプロ」と単純に言い切るつもりはありません。ただ、ある程度の量の積み重ねがなければ、判断する目は育たない、というところは、実感として変わらないと感じています。
会社の視点で言えば、これは「人の育て方」の話
もうひとつ、現実的な話も添えておきます。いまは労働時間にきちんと制約がある時代です。長時間労働をやめようという流れは、とても大切なことだと思います。ただ、仕事の時間の中だけで1万時間を積もうとすると、相応の年数がかかるのも事実です。かつてのように没頭して一気に、というやり方は、もうしづらくなりました。
だからこそ効いてくるのが、空いた時間の使い方だと思っています。仕事の外の時間で、好きなことを深めたり、気になることを学んだり、手を動かしてみたり。その積み重ねが、時間を置いて、判断する目に効いてくる。根性で長く働け、という話ではなく、限られた時間の中で自分に何を投資するか、という話です。
これは、会社の視点で言えば、人の育て方の話にもつながります。AIで作業が速くなるほど、価値の源泉は「判断できる人」に寄っていきます。手を速くする道具はいくらでも増えますが、良し悪しを決める目は、その人の中にしか育ちません。だから僕らは、AIに使われる側ではなく、AIに的確な指示を出せる側でい続けたい。そのために、自分の中の判断の目を、こつこつ育てていく。地味に見えるかもしれませんが、これが一番大事な自己投資だと思っています。
判断する目は、その人の中にしか育たない
もし今、AIの便利さの前で「積み重ねなんてもう古いのかな」と迷うことがあったら。むしろ逆かもしれない、と思ってみてほしいのです。手が速くなった時代ほど、あなたが積んできた判断の目に、値打ちが宿っていきます。
たとえば、好きで、つい深めたくなるものを一つ、空いた時間にそっと触れてみる。それくらいで大丈夫だと思います。その積み重ねが、あなたにしかない判断の目を、少しずつ育ててくれるはずです。
今日もありがとうございました。明日の自分に、少しでも投資できますように。
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